山之内すずが語る複雑な過去と恩師の支えによる人生の転機
新たなテレビプラットフォーム「ABEMA」を通じて、今回、人気タレントの山之内すずさんが自身の学生時代や家庭環境について赤裸々に語りました。彼女は、番組『ABEMAエンタメ』の独自企画「Re:MAKE ~拝啓、あの頃の君へ~」に出演し、過去の自己に向けたメッセージを送りました。ここでは、その内容に迫ります。
友人に支えられた厳しい学生時代
山之内さんは、幼少期から複雑な家庭環境にありました。両親が離婚し、母と兄、祖母と暮らし始め、その後、母の交際相手との同居が始まります。彼女は当時、思ったことを口にできず、自己抑制を感じていたという。彼女の記憶には、「明るい子でいなきゃ」という強迫観念が残っていました。家に帰る前にマンションの下で音楽を聴きながら涙する日々が続いたと語ります。
中学生になると母との2人暮らしが始まり、より厳しい生活が待ち受けていました。お金に困る中で、昼食はコンビニおにぎりを持参し、友達からおかずをもらう日常。このような支えがあったからこそ、彼女は乗り越えてこれたと振り返ります。「友だちのお母さんが、私の分を多めに作ってくれることもあった」と語る様子から、周囲の温かさを伺えます。
15歳での絶望と早熟な諦め
しかし、心の奥には「なんでこんな思いせなあかんねん」という絶望感が潜んでいました。15歳の頃、彼女は初めて感情が爆発し、早くも「自分の人生はこういうもんだ」と諦めるようになってしまいました。彼女は、自分の力ではどうにもならないと理解していたため、「生きていればいいことある」といった言葉に対して懐疑的でした。この時期に抱いた様々な葛藤が、彼女の心に深い傷を残したことは間違いありません。
恩師との出会いがもたらした光
高校に進学すると、彼女は複数のアルバイトを掛け持ちし、生活費を工面。そんな中で、彼女の転機が訪れます。それは、保健室で出会った養護教諭の言葉。「あなたの人生はあなたのものだからね。あなたの人生を生きていいんだよ」というこの言葉は、彼女にとって大きな救いとなりました。自分自身の人生を生きていいという認識を持てたことで、彼女は希望の光を見出すことができたのです。
上京後の苦しみと本来の自分との葛藤
17歳で上京し、芸能界へと進むことになった山之内さん。しかし、上京後も様々な葛藤が待ち受けていました。「求められる自分」と「本来の自分」とのギャップに苦しみましたが、今では「自分自身の人生を生きている」と胸を張れるようになったといいます。ダンボール2つで始まった東京での生活は決して楽ではありませんでしたが、支えてくれる存在との出会いが、彼女を一歩前へと進ませました。
幼い自分にどんな言葉をかけるか
山之内さんの過去への向き合い方、そしてそれに伴う成長は、同世代の多くの若者たちに励みとなることでしょう。彼女が「今が一番自分勝手」と語る現在には、自らの成長と自分らしさを見つけ取った軌跡が映し出されています。そして、彼女が過去の自分に贈った言葉には、偉大な意味が込められています。
この素晴らしいセッションについては、現在も「ABEMA」で配信中です。ぜひ視聴して、山之内さんのストーリーを体感してください。