奥寺康彦氏、ヴィアティン三重の強化アドバイザーに就任
この度、サッカー界のレジェンド、奥寺康彦氏がヴィアティン三重の強化アドバイザーに就任することが発表されました。奥寺氏は秋田県出身で、1960年代から1970年代にかけての日本サッカー界において、特に海外での活躍が顕著でした。彼のサッカー人生は多くの若手選手にとっての模範となるでしょう。
奥寺康彦氏の経歴
奥寺氏は1952年3月12日に生まれ、選手としてのキャリアが始まります。彼は横浜市立舞岡中学校から相模工業大学付属高等学校を経て、古河電気工業サッカー部にてプレイし、1977年からはドイツの1.FCケルンに移籍。その後、ヘルタ・ベルリン、ヴェルダー・ブレーメンでも活躍しました。1986年には日本に戻り、再び古河電気工業サッカー部でプレーし、1988年に現役を引退しています。
引退後は監督業にも従事し、1996年にはジェフユナイテッド市原、2017年からは横浜FCの監督を務めました。また、横浜FCではゼネラルマネージャーや代表取締役社長としても長きにわたってクラブの運営に関与。近年ではシニアアドバイザーとして横浜FCに貢献しています。
日本と海外での活躍
日本代表としても32試合出場し、9得点を記録した奥寺氏。さらに、UEFAチャンピオンズリーグやUEFAヨーロッパリーグでも得点を挙げ、その実力を証明しています。その成果は彼のキャリアを象徴しており、数々のタイトルも獲得。その中には1976年の日本サッカーリーグ優勝や、当時のブンデスリーガにおける優勝、アジアクラブ選手権など、多岐にわたる競技での栄誉があります。
ヴィアティン三重との関わり
奥寺氏は、ヴィアティン三重に就任するにあたり、クラブの成長に大きな期待を寄せています。「今のヴィアティン三重は、横浜FCの創設当初と似た道のりを歩んでいる。地域のサポートを受けながら、一歩ずつ前進する姿勢が大きな飛躍に繋がる」と語っています。
未来へのビジョン
彼は将来のJリーグ参入を目指すヴィアティン三重にとって、明確なビジョンと日々の努力がいかに重要かを強調しました。「地域の人々が応援してくれることを誇りに思い、クラブの歴史を共に築いていく熱意を持ってほしい」と期待を寄せています。
この新たな挑戦の中で、選手たちが彼の経験から学び成長していく姿を私たちも見守りたいと思います。
クラブの概要
ヴィアティン三重は、三重県に本拠を置き、Jリーグ入りを目指すサッカークラブです。サッカーだけでなく、なでしこ2部に所属するレディースチームも運営しており、バレーボールやバスケットボールなど多様な競技に取り組む総合型地域スポーツクラブでもあります。地域に根ざした活動をしつつ、サッカーの振興を通じて地域社会に貢献する姿勢を貫いています。
今後の奥寺康彦氏のヴィアティン三重での活躍に注目が集まります。彼がどのようにクラブの強化に貢献していくのか、ファンとしてもその成長を楽しみにしています。